【場面別】帰宅願望・食事拒否…認知症の困った行動への具体的なケア事例

介護の現場において、認知症の方が見せる「帰宅願望」や「食事拒否」といった行動は、スタッフを疲弊させる大きな要因となりがちです。しかし、これらの行動は専門用語で「BPSD(行動・心理症状)」と呼ばれ、本人の性格や悪意によるものではありません。

認知症によって脳の機能が低下し、自分の置かれている状況や感情をうまく言葉で伝えられないために起こる「周囲へのSOS」なのです。

今回は、現場で頻発する4つの場面を例に、その裏に隠された原因と、信頼関係を崩さずに対処するための具体的なケア事例を紹介します。

帰宅願望への対応――「場所」ではなく「安心」を求めている

帰宅願望への対応――「場所」ではなく「安心」を求めている

「家に帰ります」「バスはまだですか?」と荷物をまとめ始める帰宅願望。特に夕暮れ時になるとソワソワし始める「夕暮れ症候群」として現れることも多い症状です。

なぜ帰ろうとするのか?

多くの場合、利用者様は物理的な「家」に帰りたいというよりも、今の環境に「不安」や「違和感」を感じ、自分が一番安心できる場所(かつての家庭や役割)に逃れたいと考えています。また、記憶が過去に戻り、「子供が待っている」「夕飯を作らなきゃ」という責任感から動いている場合も少なくありません。

具体的なケア事例:否定せずに「役割」を依頼する

  • NG対応: 「ここが家ですよ」「外は暗いから帰れません」と現実を突きつける。

  • OK対応: 「お家が気になるのですね。夕食までまだ少し時間がありますので、このタオルを畳むのを手伝っていただけませんか?」

【ポイント】
まずは「帰りたい」という気持ちを「そうですね」と受容します。その上で、本人が得意なこと(洗濯物畳み、お茶の準備など)をお願いし、施設内での「役割」を持っていただくことで、意識を「不安」から「今ここでの仕事」へと逸らします。

 

 

食事拒否への対応――「食べたくない」の裏にある本当の理由

「いらない」「毒が入っている」と食事を拒まれると、健康面への不安からスタッフは焦ってしまいます。

なぜ食べないのか?

原因は多岐にわたります。「食事だという認識ができていない」「入れ歯が合わず痛い」「口の中が乾いている」「嚥下(飲み込み)が苦しい」といった身体的な理由。あるいは、「配膳された皿が多すぎて混乱している」という環境的理由もあります。

具体的なケア事例:環境を整え「一口目」の誘導を工夫する

  • NG対応: 「食べないと病気になりますよ」と無理に口へ運ぶ。

  • OK対応: お品書きを読み上げ、美味しそうな香りを共有する。また、おむつ交換直後など不快な場面を避け、リラックスできる環境を作る。

【ポイント】
まずはお茶やスープで口腔内を潤し、食べやすさを確保します。認知機能の低下により「食べ物」だと認識できない方には、スタッフが目の前で美味しそうに食べる真似を見せたり、彩りの良い盛り付けを意識したりすることが効果的です。「美味しいですね」という感情の共有が、食欲を刺激します。

 

 

入浴拒否への対応――「怖い」「恥ずかしい」という感情に寄り添う

入浴拒否への対応――「怖い」「恥ずかしい」という感情に寄り添う「お風呂に入りましょう」と声をかけて、激しく怒り出したり、頑なに拒んだりされるケースです。

なぜ入浴を嫌がるのか?

お風呂は「全裸になる」という極めてプライベートで、無防備な状態になる場所です。認知症の方にとっては、なぜ服を脱がされるのか、この広い浴室で何をされるのかという「恐怖」や「羞恥心」が先に立ちます。また、お湯の温度やシャワーの音を過剰に不快に感じることもあります。

具体的なケア事例:足浴や「温泉」の演出を取り入れる

  • NG対応: 「お風呂の日ですから」と無理やり浴室へ連れて行く。

  • OK対応: 「今日は温泉気分で、足先だけでも温めてみませんか?」と誘い、まずは足浴から始める

【ポイント】
「入浴」という言葉に拒否感がある場合は「温泉」「さっぱりしましょう」と言い換えます。浴室全体が寒くないよう温度管理を徹底し、バスタオルで露出を最小限にする配慮も不可欠です。足先が温まって「気持ちいい」と感じれば、「そのまま全身入りましょうか」とスムーズに誘導できることが多々あります。

 

 

異食・不潔行為への対応――不快感を取り除くアプローチ

異食・不潔行為への対応――不快感を取り除くアプローチ

便を触ってしまう(弄便)、食べ物でないものを口にしてしまうといった行動は、スタッフにとって最も精神的な負担が大きい場面です。

なぜそのような行動をとるのか?

不潔行為の多くは、「おむつの中の不快感」が原因です。排便後のベタつきや痒みを取り除こうとして手を入れ、その結果として便が手に付着してしまうのです。また、異食については「口寂しさ」や「それが何か分からない(失認)」によって起こります。

具体的なケア事例:排便リズムの把握と代替物の提供

  • NG対応: 「汚い!」と怒鳴ったり、ミトンで手を縛ったりする(身体拘束にあたります)。

  • OK対応: 排便リズムを把握し、排便後は速やかに洗浄・交換を行う。また、手持ち無沙汰を防ぐために、触り心地の良い布やクッションを渡す。

【ポイント】
「なぜ触ったか」という原因を突き止めることが先決です。おむつのサイズが合っているか、皮膚トラブルがないかをチェックします。手が動いてしまう方には、手遊びができるような道具を提供し、意識を別の心地よい刺激に向けていただくことが有効です

 

 

全ての行動に共通する「魔法の心得」

全ての行動に共通する「魔法の心得」様々なBPSDへの対応に共通して言えることは、**「その人の世界を否定しない」**ということです。

  1. 驚かせない・急がせない・自尊心を傷つけない: 認知症ケアの鉄則です。

  2. 感情の裏を読む: 怒鳴っているのは「怖い」から、歩き回るのは「不安」だから。行動ではなく感情に対応します。

  3. 「負けて勝つ」の精神: 議論して勝とうとしてはいけません。相手の言い分を一度丸ごと受け入れることで、結果として介助がスムーズに進みます。

 

 

まとめ

認知症の方の「困った行動」は、決してあなたを困らせるために行われているのではありません。言葉で表現できない苦しみや不安が、行動となって現れているだけなのです。

今回紹介した事例はあくまで一例であり、百人いれば百通りの正解があります。しかし、共通して大切なのは、テクニック以上に「あなたの目の前の人は、今どんな気持ちだろう?」と想像し続ける姿勢です。

「家に帰りたい」という言葉に、かつての主婦としての誇りや、家族を愛する心を感じ取ることができたなら。あなたの声かけや眼差しは自然と温かなものに変わるはずです。その温かさこそが、認知症の方にとって最高の「薬」となり、穏やかな時間を作る鍵となります。

今日から、少しだけ視点を変えて、彼らの「メッセージ」を読み解く冒険を始めてみませんか?