認知症ケアにおいて最も大切なのは、技術的な介助スキルよりも「コミュニケーション」です。
なぜなら、認知症の方にとって世界は不安に満ちており、唯一の頼みの綱が目の前にいる「あなた(介護者)」だからです。
不適切な関わりは、利用者様の不安や恐怖を増幅させ、BPSD(行動・心理症状)を悪化させます。逆に、適切な関わりができれば、その人の心は安定し、穏やかな生活を取り戻すことができます。まずは、認知症ケアの土台となる基本姿勢から見ていきましょう。
認知症ケアの基本は「相手の世界」を尊重すること

認知症になると、記憶力や判断力が低下しますが、「感情」や「プライド」は最後まで残ります。
「何もわからなくなった人」として接するのではなく、「私たちとは違う時間の流れや世界観の中で生きている人」として接することが重要です。
彼らが見ている世界では、「家に帰らなければならない理由」があり、「ご飯を食べたくない理由」が必ず存在します。こちらの都合(スケジュールや効率)を押し付けるのではなく、まずは相手の背景や見ている世界を理解しようとする姿勢が、すべての関わりの出発点です。
実践!信頼関係を築く関わり方 7つのポイント

明日からの業務ですぐに使える、具体的な関わり方のポイントを7つ紹介します。これらは、フランス発祥のケア技法「ユマニチュード」などの要素を取り入れた、効果実証済みのテクニックです。
1. 正面から近づき、視線を合わせる
認知症の方は視野が狭くなっていることが多く(トンネル視)、横や後ろから声をかけられると「急に何かが現れた」と感じて恐怖を覚えます。
必ず正面から、相手の視界に入ってから近づきましょう。そして、しゃがむなどして目線の高さを合わせ、敵意がないことを伝えます。これだけで、相手の警戒心は大きく下がります。
2. 「待つ」ゆとりを持つ
質問をしてから返事が来るまで、あるいは動作を始めるまでには時間がかかります。
沈黙を恐れて矢継ぎ早に言葉を重ねると、相手は情報処理が追いつかず混乱(パニック)してしまいます。笑顔で頷きながら、数秒〜数十秒待つ余裕を持ちましょう。「待つ」ことも立派なケアの一つです。
3. 「感情」にフォーカスして共感する
話の内容が事実と異なっていても(作話や妄想があっても)、否定してはいけません。大切なのは話の内容(事実)ではなく、その裏にある「感情」です。
「財布を盗まれた!」という訴えに対して、「盗んでいませんよ」と事実で返すのではなく、「お財布が見当たらなくて不安ですね(心配ですね)」と感情に寄り添う言葉をかけます。これを心理学的に「バリデーション」と言います。
4. 肯定的な言葉選び(否定しない)
「走らないで」「触らないで」といった禁止・命令形の言葉は、自尊心を傷つけ、反発を招きます。
「ゆっくり歩きましょう」「ここに座ると楽ですよ」といった、肯定的な提案(依頼)の形に変換して伝えましょう。「〜しないで」と言われると悲しい気持ちになりますが、「〜しましょう」と言われれば協力しようという気持ちになりやすいものです。
5. わかりやすい言葉と話し方
長い文章や抽象的な表現は理解しづらくなります。
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短く区切る: 「立ってトイレに行ってズボンを下ろして」ではなく、「立ちましょう」→「あちらに行きましょう」と一動作ずつ伝えます。
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低いトーンでゆっくりと: 高齢者は高い音が聞き取りにくいです。普段より少し低めの声で、ゆっくり話すと伝わりやすくなります。
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具体的に: 「あれ」「それ」ではなく、「コップ」「テレビ」と具体的な名詞を使います。
6. 非言語コミュニケーションを活用する
言葉の理解力が低下しても、表情や声のトーン、しぐさから相手の感情を読み取る力は敏感に残っています。
言葉でどれだけ丁寧なことを言っていても、介護者がイライラしていたり、無表情だったりすると、そのネガティブな感情は直感的に伝わります。マスクをしていてもわかるくらいの「満面の笑顔」と「穏やかな声色」を意識してください。
7. スキンシップで安心感を伝える
背中を優しくさする、手を握るといったスキンシップは、言葉以上に「あなたは大切にされていますよ」というメッセージを伝えます。
ただし、急に触れるのはNGです。「肩に触れますね」と声をかけたり、目を見てから優しく触れるようにします。特に不安が強い時や興奮している時に、効果的な鎮静作用をもたらすことがあります。
関係を壊してしまう「3つのNG対応」

良かれと思って、あるいは無意識のうちにやってしまいがちなNG対応があります。これらは信頼関係を一瞬で崩す原因となります。
1. スピーチロック(言葉の拘束)
「ちょっと待ってて!」「座ってて!」という言葉は、身体拘束と同じくらい相手の行動を制限する「スピーチロック」と呼ばれます。
安全確保のために言いたくなる場面もありますが、言われた側は「叱られた」「自由を奪われた」と感じます。「今準備していますからね」「一緒に座ってお茶を飲みませんか」など、言い換えの工夫が必要です。
2. 試すような質問
「私の名前わかりますか?」「さっきご飯食べましたよね?」といった、記憶力をテストするような質問は避けましょう。
答えられないことへの不安や恥ずかしさを感じさせ、自尊心を傷つけます。「〇〇です、今日もよろしくお願いします」「ご飯美味しかったですね」と、答えを含んだ会話を心がけましょう。
3. 子供扱い・命令口調
「ちゃんとして」「はいはい、よしよし」「〜ちゃん」といった言葉遣いは厳禁です。
どれだけ認知機能が低下しても、相手は人生の先輩です。親しみを込めているつもりでも、相手にとっては侮辱と受け取られることがあります。常に敬語を基本とし、敬意を持った態度で接しましょう。
【ケース別】困った時の切り返しテクニック

「家に帰りたい」と言われたら
「ここは施設ですよ」「もう家はないですよ」という事実は、相手を絶望させるだけです。
まずは「帰りたいんですね」と受容し、「お茶が入ったので飲んでからにしませんか?」「バスがもうないので、今日はゆっくりしましょう」と、ワンクッション置いて話題を転換します。
ケア(入浴・食事など)を拒否されたら
無理強いは絶対にNGです。一度引いて時間を空けるか、別のスタッフに交代してもらいましょう。
また、「お風呂に入りましょう」ではなく「背中を流させてくれませんか?」「さっぱりしませんか?」と、目的を少しずらして提案するのも有効です。
まとめ
認知症の方への関わり方に、万能なマニュアルはありません。Aさんに通用した方法が、Bさんには通用しないことも多々あります。
しかし、「相手を尊重し、不安を取り除く」という基本原則は共通しています。
うまくいかない時は、一度立ち止まって自分の対応を振り返ってみてください。「声のトーンは速くなかったか?」「否定的な言葉を使っていなかったか?」。
介護職員の関わり方が変われば、利用者様の表情は必ず変わります。プロとしての技術と優しさを持って、その人の心に寄り添うケアを実践していきましょう。